・・・ってことは時速180メートルですね・・・2007年に公開されたアニメーション映画です。
「今さら?」と総ツッコミされそうですが・・・
私はこの作品を知らず、新海誠という監督もつゆ知らず、「ほしのこえ」???・・・知らないづくしでございまして、ブログに無駄に名を冠しているさくぞう氏に教えられたのですが、なぜか今頃是非観てみなさいとのこと。
多くの方がレビューされているのを今まで拝読しましたが、「所詮恋愛でしょ~、アニメは非現実的なものを映像化してなんぼ。」という考えでしたので、重い腰は上がらず・・・やっとこさ渋々観ました。
結果・・・『秒速5センチメートル』・・・号泣でございました。滝涙でございました。
「アニメは非現実的なものを映像化してなんぼ。」
誰が言った?そんなこと・・・
【以下、映画『秒速5センチメートル』のネタバレの記述がある恐れがあります。もちろん結末には触れていませんが、万が一、これから観る機会が1%でもある方はご覧にならない方がよろしいかと思われます。】
『どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか。』
作品は連作短編アニメーションということで、3本の短編で構成されています。
第一話:「桜花抄(おうかしょう)」
第二話:「コスモナウト」
第三話:「秒速5センチメートル」
私がこの作品に魅了されたのは、一瞬、一瞬、登場人物と時間を共有する感覚を持たせてくれたからです。観始めると自然と鼓動が速くなり、画面を見つめている間、鼓動が収まることはありませんでした。
尺で言うと、
「桜花抄」 約26分
「コスモナウト」 約23分
「秒速5センチメートル」 約14分
計約63分です。
その時間、主人公、遠野貴樹を淡々と追い続けます。貴樹目線でない「コスモナウト」も用意されているのですが、恐ろしくドラマ的な展開に乏しいです。
ただ、何度観ても彼の十数年間を追体験するような感覚に陥り、また彼がその間、画面に映らないところでどのように過ごしたか思いを巡らし、心が宙を舞う感覚に襲われるのです。
展開の乏しさを観ている自らが補完出来るのです。
『僕たちの前には未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた。』
日常が日常を覆っていく中、思春期に芽生えたものだけは心の奥底にしまい込みながら、茫漠とした時間を過ごしていく。そんな様に切なくなります。
「距離」と「時間」が二人の間に絶望的に広がり、覆いつくすのになす術もありません。
この「時間」というものは、日常の中で、爽快に速く愛おしく感じたり、とてつもなく遅く悪意を持ったものに変化します。そのことを強く感じてなりません。
初めて観た時、結末まで行ってないにもかかわらず、このタイトルバックでとめどなく涙が流れました。
そして、手紙のやりとりが疎遠になった経緯に思いを馳せ、出すあてのないメールを打つ姿に再度涙するのです。
さて、最後の最後・・・
この後も人生は続いていく・・・彼は決して不幸せだったわけではない、それはほんのささいな「日常」の出来事のひとつだったからだと・・・ウツが入りそうになりましたが、踏みとどまりました。
最後、どん引きついでに言わせて頂くと、13歳のアカリの“揺れる声”に魅了されます。
むっちゃ、魅力的な声です・・・変態と言われても結構でございます。
何が切ないのか、何が悲しいのか、まったく理解出来ない方もいらっしゃるとか・・・
監督の自己満足とか、何が描きたいのかわからんとか、絵が綺麗だけとか、駄作中の駄作とまで・・・そう評されても仕方ない作品だとも思います。
ただ、これから私は「何か良い映画はない?」と聞かれれば、アニメ嫌いの人にも必ずこれを薦めます。
心底薦めます。
嫌がられても薦めます。
追いかけて羽交い絞めにしても薦めます。
そこで思いっきり殴り飛ばされても薦めます。
さて、このDVD-BOXとBDには『秒速5センチメートル』Ver.の山崎まさよし『One more time, One more chance』PVが収録されているのですが、
この最後こそ真のエンディング
でこれを観ないと『秒速5セントメートル』は完結しません。
このPVはレンタル版・通常版に収録されていないので、本編をご覧になられたなら、どこかで拾ってでも観ることをオススメします。
最後に非常に気になることが・・・というか、ここからはちょいと個人的な覚え書きで・・・
第一話で“別れ”を意識していた(と思う)二人が、文通を続け、その後疎遠になる様子が第三話で明らかになるのですが、その回想シーンを追っていくと・・・
明里が手紙を書いているシーンですが、貴樹の名前を書いた後に机に伏します。
手紙を書こうか、書くまいか、迷っているものと思われます。
その後、以下の映像が流れ・・・
楽しいはずの手紙のやりとりが疎遠になっていく様子が手にとるようにわかります。
空の郵便受けに落胆し、ポストを見て書くはずだった手紙に思いを馳せる・・・手紙の中の相手の生活に自分の知らない「時間」が多くを占め、一層「距離」を感じてしまい、まさに互いの生活が離れてしまったという実感が沸き、最後、途絶えてしまう・・・もうどちらから止めたという感覚ではないと思われます。
さて、ここで気になることが・・・
この手紙のやりとりは果たしていつまで続いていたのか?
貴樹が引っ越した年の中学二年生から高校三年生の間のいつまでなのか?
「数学Ⅱ」の教科書がありますので高校二年生の時点まで続いていたのか?
それとも、やりとりが疎遠になってから数年後に明里が手紙を書こうとしたが手を止めたのか?
どうであれ、少なくとも高校生までは明里の心は貴樹に向いていたことの証にはなります。
そして、もうひとつ気になることが・・・
第三話で流れるフラッシュバックの中で一瞬写る明里が書く手紙です。「遠いのでどうか気を・・・」で始まる手紙です。
同じ明里が書いた手紙ですが、これは第一話で実際に貴樹が受け取って目にしているものです。
便箋が同じなので同じ手紙だと思うのですが、この違いは何でしょう?
明里が「貴樹が栃木に来る時に分かりやすく駅名を入れた手紙」に書き直したのか?
貴樹が「明里が自分宛の手紙を書いているところ」を幻想(夢?)の中で見たために曖昧なのか?
机上で思い悩む明里も貴樹の幻想(夢?)の中の彼女だったのでしょうか?
そんなバカなことを考えてしまうほどのめり込んだ作品でございました。
ひとりで余韻に浸っていると・・・上の疑問にさくぞう氏が反論・・・
よーく画像見てみると、手にマニキュアとかしていて、明らかに『大人の女性の手』の感じがします。ってことは考えられるとしたら、
1.大人のタカキが「大人のアカリが自分に手紙を書いているところ」を想像している(夢?)
2.大人のアカリが出すつもりもないのに昔を思い出して大人のタカキに一応書いてみただけの手紙(結婚式の前に実家に戻った時に、例の『渡せなかった手紙』を見つけたので、昔を思い出してなんとなく懐かしくて書いてみた。あの昔の思い出の物が入っていたブリキの箱に手紙セットも入っていたので便箋が同じ?)
3.大人のアカリが婚約者が栃木の実家に親にあいさつ等で来る時に、タカキに書いた時のような似たような手紙を実際に書いた(その場合たまたま便箋が同じだった?もしくはあの便箋の柄がアカリのお気に入り?)
などではないかと思います。さくぞうは3番の婚約者に書いたものではないかな~と思っていますが、これも『新海監督のみぞ知る』ですかね。
ふーん・・・
ただ、これも第三話に流れるシーンですが・・・大人っぽい手ですね。
アニメで『子供の手』を書くのは難しいのでしょうか?



































































































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